NO:0602 三島市 街中がせせらぎ事業
市民・企業・行政がスクラムするグランドワーク手法を取り入れた富士の裾野の水の都再生事業
三島市は首都圏から100km、伊豆半島の西の付け根に位置し、現在は新幹線通勤圏のベッドタウン化が進んでいるが、古くから富士山の伏流水が街中に湧きだす「水の都」として知られていた。 1960年代以降の工場進出により、湧水が減少し水辺の環境は悪化、市の中心部を流れる源兵衛川は汚れた川のたたずまいとなってしまった。
こうした状況を憂い、1990年代初めふるさとの原風景を取り戻そうと市民が立ち上がり、市民・NPO・企業・行政のパートナーシップによる水環境の再生活動が始まり、今では子供達が水遊びをする姿が日常的に見られるまでの成果を上げている。※ グランドワーク
1981年に、イギリス環境省により、行政、地域コミュニティ、企業とのパートナーシップにより、地域環境の持続的改善を図り、経済及び社会再生を目的として設立された団体から発祥したまちづくりの手法。日本においてもこの手法が各地で導入され始めている。
最近では物理的環境の改善だけでなく犯罪、住宅等の社会問題への取り組みにも行なわれている。
基本的には、コミュニティ改善活動のきっかけづくりを行い、コミュニティの関わりが深まった段階でグランドワークは徐々に手を引く中間団体の機能である。
取り組み内容/詳細・経緯
●三島の市民活動の遺伝子
御殿川、植栽は市民が思い思いに
三島の市民活動は昭和39年に始まる「石油コンビナート推進阻止」運動にその根源を伺う事が出来る。この運動は感情的・情緒的な反対運動ではなく、「他地域の視察・聞き取り調査」「科学者を招聘しての学習会」「市民組織同士の検討会」「周辺市町村との連携による反対運動の広域化」「健康被害の実態調査」などによって、科学的な論拠による反対運動を展開し、国の撤退を勝ち取った。こうした市民活動の遺伝子が今も三島市民の中に受け継がれ、現在のグランドワーク活動へ繋がっている。
●市民が企画した「せせらぎ事業」
四ノ宮川、小さな水路が路地に流れる
「三島市せせらぎ事業」は、1991年(平成3年)存亡の危機に瀕していた「水の都・三島」を復活させるための市民運動から始まった。水の汚れの原因は「行政の対応の遅れ」「地下水を利用する企業の責任」「市民の無関心」などがあげられるが、犯人探しをしていても根本的な問題解決に至らないとして、市民運動に行政や企業を取り込む事で市民・行政・企業の三者の力を結集していくグランドワークの手法に取り組んだ。
水路にかかる渡りにも工夫が
今日の推進組織である「グランドワーク三島」の中心母体となる「三島ゆうすいの会」が事務局長渡辺豊博氏を中心に平成元年に結成される。イギリス現地のグランドワークの視察研究などを経て、平成3年6月に「三島の素敵な水辺づくりから地域づくりへの提言書」を作成し、「水の都・三島」の復活プロジェクトが始まる。
●源兵衛川の再生事業
せせらぎの源流は小さな湧水
「三島市せせらぎ事業」のハード・ソフト両面の基盤となったのが「源兵衛川水環境整備事業」である。源兵衛川は楽寿園古浜池の湧水を利用して奈良時代に創られたという感慨水路である。かつての水の都・三島を象徴する美しい水辺の環境を有していたが、水量が減少し環境が悪化していた。
源兵衛川、時の金付近
「源兵衛川水環境整備事業」は、農林水産省補助事業である県営農業水利施設高度利用事業(平成2年〜4年)、県営水環境整備事業(平成5〜9年)によって川幅7〜10m、全長1.5kmの源兵衛川の親水施設整備、修景などをおこなった。工事費は全体で約14億円、国50%、県25%、市25%となっている。
伊豆箱根鉄道をくぐる源兵衛川
この事業を通じて、専門家集団の組織化や行政と市民とのネットワーク化が促進され、その後の10数年に及び活動組織の基盤が形成される。
「三島ゆうすい会」ではこの事業に先駆け平成元年頃から定期的な河川掃除に取り組み、これは川の浄化とともに、地域住民の意識改革(活動参加、下水道整備など)、企業の市民活動の評価などへ繋がっていく。
昔懐かしい手漕ぎ井戸
なお、源兵衛川の水量減少に対しては、こうした市民活動を評価され、上流部に立地する東レ(株)から1時間当たり夏期に1500トン、冬季700トンを地下水路経由で供給されている。この企業の社会貢献は年間数千万円に相当する。
● 日本初のグランドワーク活動
源兵衛川、川の中の遊歩道
「水の都・三島」の自然環境の再生を目指した市民活動はそれまでにも幾つか存在したが、それぞれがバラバラな活動を行っており横の連携が希薄で非効率な状態であった。そこで「三島ゆうすいの会」が呼びかけ役となって、平成4年「グランドワーク三島実行委員会」が結成された。この組織が平成11年に「NPO法人グランドワーク三島」となる。
水を堰とめ即席のプールに
また、平成4年に開催された「第二回グランドワーク日英交流」において、日本でのグランドワークの可能性が検討され、多くの候補地の中から静岡県三島市と長野県山形村が2カ所選定された。 これによって、英国グランドワーク事業団の具体的で的確なアドバイスを受ける事が出来、今日までの大きな資源となっている。
溶岩の隙間から吹き出る湧水
「グランドワーク三島」は現在21の参加団体で34のプロジェクトを実施している。
●商工会議所50周年事業から市のせせらぎ事業への展開
水の仕掛けのひとつ「めぐみの子」
平成8年に三島商工会議所50周年事業において、地域づくりと観光振興を合わせた産業活性化ビジョン「21世紀に向けた街づくり“街中がせせらぎビジョン”」の策定を行い、実行にあたって行政とのタイアップが計画された。 さらに市民活動も取り込むことが提案され、従来から活動してきたグランドワーク活動も組み込んだ形でまちのせせらぎ事業へと計画が展開された。 計画づくりにあたっては、市民が何を望んでいるかを重視し、すでに整備済みであった「源兵衛川水環境整備事業」をグレードアップする形で「街中がせせらぎ事業」として計画された。
● 行政によるハード整備、市民によるソフト運営
三島駅前広場のせせらぎ
せせらぎ事業の推進にあたっては、県の「快適空間静岡事業」を利用し、ゆるやかな補助事業として、年度単位での計画にしないこと、途中で方向転換が可能な事業として5年間の補助事業によってハード整備を行った。
三島駅前にある観光案内所
計画立案には市民や企業がワークグループを組織し、平成8年から現在までに400回以上の意見交換会が実施されている。基本的な計画は住民に全て任せられており、計画やイベントはNPOのグランドワーク三島が担当し、清掃管理活動等は市民のボランティア、商工会議所を中心とする企業は様々なソフト提供をおこなっている。
ハード整備は平成13年から18年までの間に事業費13億円で、水辺の修景や水の仕掛けなどの整備が行われた。これによって、水辺を巡る回遊ルートが整備され、市街からの集客も生むことになった。また、三島市では修景ガイドラインを示し、流域住民に対し植栽や生け垣、川の景観を阻害しない護岸整備の呼びかけなどを行い、緑化、雨水浸透マスの設置、ブロック塀の除去などに対する支援プログラムを実施している。
本事業前の総合観光案内の対応件数は年間18,000件に対し、事業後の平成17年には83,000件と増加した。また、まちづくり視察者は年間4,000人に及んでいる。
※回遊ルート「みしまっぷ」←クリック
この事業での難しい点は「全体としてはスムーズに合意形成されたが、一つは行政内部において住民主導にどう対応するかの経験が無かったこと。これはトップダウンで解決していった。もう一つは、住民がディテールに入っていってしまうときに、本来の事業目的を思い出させるという作業。これには計画段階から全てを任せるということで対処していった。」三島市まちづくり部まちなみ再生課副参事宮崎眞行氏の言葉である。
◎街中がせせらぎ事業の受賞歴
きっかけ
1960年代からの高度成長期に三島市北部に工場立地が盛んになり、工業用地下水の汲み上げによって、「水の都・三島」といわれた市内の湧水が枯渇、水辺が荒れていった。1990年代になって市民活動の中から水辺の復活を目指す機運が膨れあがり、市民・企業・行政連携するグランドワーク活動が生まれた。助成等
- 源兵衛川水環境整備事業:約14億円(平成2年度〜9年度)
- 街中がせせらぎ事業:約13億円(平成8年度〜17年度)
キーマン
- NPO法人グランドワーク三島 事務局長渡辺豊博氏
- 三島商工会議所
- 三島市まちづくり部せせらぎ事業推進室
課題/これまでの問題点
- 集客の成果が出てきたが、今後如何に地域にお金を落としてもらえるようにするか
- 地域商業が如何にこの流入人口を取り込んでいくか
- 外来者の持ち込むゴミへの対応
今後の展開
- せせらぎ事業を郊外へ展開していく
- 里山づくりなどを通じて日本の原風景を蘇らせる

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